歴史上に残る最初の清涼飲料水とはどういったものだったか


清涼飲料水 イメージ
一般に清涼飲料水といえば、炭酸飲料などやいわゆるジュースを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、定義的には「アルコール1%未満の味や香りのある飲用水」を指します。最近は次々に新しい種類の商品が発売される清涼飲料水ですが、最初はどういったものだったのでしょうか。今回は清涼飲料水の歴史について説明します。

はじまりはクレオパトラ?

現在の清涼飲料水に親しいものを最初に飲んでいた歴史上の人物は「クレオパトラ」だと言われています。クレオパトラといえばミルク風呂やハチミツを使ったスキンケアなど、現代人も行っているような美容ケアを古代エジプトで実践していたことで有名ですが、清涼飲料水も美容のために飲んでいました。クレオパトラが飲んでいたのはぶどう酒に真珠を溶かしたシャンパンに近いもので、美容や不老長寿の効果があるとして飲みつづけていたそうです。
真珠は宝石として身に付けるイメージが強いので、飲み物に溶かして摂取すると聞くとギョッとしてしまいますが、真珠はミネラル分やアミノ酸を多く含み、美容はもちろん健康にも効果が期待できるので、中国やインドでは昔から珍重されてきました。
美容に関しては当時誰よりも努力をしていたクレオパトラなら真珠の効果を信じていたとしても不思議ではありません。世界で最初に飲まれていた清涼飲料水は、現代の不健康と思われがちなものと違って、機能飲料や健康飲料としての面が強いものだったといえます。

果実飲料のはじまりは?

炭酸を含まない果実飲料は、クレオパトラの古代エジプトよりもさらに昔の「メソポタミア文明」にまで遡ります。約6,000年前から果実を使った飲料は飲まれていて、そこから何世紀に渡って主にレモンを使った飲料が飲まれていました。果実飲料が飲まれていた理由としては、メソポタミア文明が栄えていた地域は河川の水が汚れていたので、果実などを配合していなければ飲用には適さなかったためだと考えられています。

日本で最初の清涼飲料水は?

日本での最初の清涼飲料水というと『三ツ矢サイダー』を思い浮かべる人が多いですが、実は違います。日本に清涼飲料水が伝来してきたのは、ペリー提督率いる黒船来航の時になります。1853年、黒船が日本に来た際にアメリカの軍艦の艦上で、浦賀奉行らがレモネードを振る舞われたことがはじまりといわれています。
その後にイギリス人のノース・レーが外国人居留地で製造をはじめた「シャンペン・サイダー」が日本で最初のサイダーになります。しかし、この「シャンペン・サイダー」は外国人居留地に住む外国人向けの商品だったため、一部の上流階級の人を除く、一般の人たちには全く普及していませんでした。
1875年になると、秋本己之助という人がノース・レーの設立したノース&レー商会に勤めている西村甚作の助言を受けてつくった「金線サイダー」があらわれました。金線サイダーは日本人がつくった初めての清涼飲料水であるとともに、日本中に広まった最初のサイダーです。
そして1904年になるとイギリスの実業家ロバート・ニール・ウォーカーが「BANZAIサイダー」を販売しました。このサイダーは日本で初めて大量生産されたサイダーになるといわれています。

おわりに

今回は清涼飲料水の歴史について紹介しました。今でこそ嗜好品として扱われる清涼飲料水のはじまりが健康や美容のためのものだったり、果実を混ぜなければ飲めないからだったりというのは、なかなか感慨深いものがある気がしますね。
今後も次々に新商品が発売されていくので、チェックを忘れないようにしましょう。

水と生活の歴史

水と生活の歴史

人類有史の頃から水に関する記録は様々な文明で遺されてきました。今日、私たちは労することなく水を飲み、生活はもちろんのこと大量生産のため水を使いますが、これまで培ってきた先人たちの歴史に触れ、普段使っている水がかけがえないものであることを知るためにこのサイトを制作しました。